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マンション管理関係判例


bR7
  管理者・管理委託/管理費の合有的帰属


平成11年 6月29日   大阪高判

判決要旨
管理組合、管理会社間のマンション管理契約を準委任契約とし、管理組合からの解除を、管理契約は受任者である管理会社の利益をも目的として締結されたものではなく、しかも管理組合が解除権を放棄する旨の特約も認められないとし、民法651条1項による解除として肯定、管理会社が保管していた積立金等保管金につき管理組合からの返還請求を認めた事例


判決日・当事者
平成10年(ネ)第2796号保管金返還請求控訴事件(原審 大阪地方裁判所平成9年(ワ)第4709号)

大阪市○○区○○○1丁目22番22号
 控 訴 人       X1株式会社
 上代表者代表取締役 X2
 上訴訟代理人弁護士   植 村 公 彦
 上  同       大 井   理
大阪市○○区○○○2丁目1番32号
 被 控 訴 人     Y1管理組合
 上代表者理事長     Y2
 上訴訟代理人弁護士   細 川 喜子雄
 上  同        粟 井 寛 治


【主  文】
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。


【事  実】
第一 当事者の求める裁判
 一 控訴人
  1 原判決を取り消す。
  2 被控訴人の請求を棄却する。
  3 訴訟費用は1、2審とも被控訴人の負担とする。
 二 被控訴人
   主文同旨。
第二 当事者の主張
 一 当事者の主張は、二のとおり附加するほか、原判決事実摘示(3頁2行目文頭から17頁2行目文末まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
 ただし、次のとおり補正する。
  1 原判決8頁4行目の「被告会社の代理人は、」の次に「被控訴人の代理人に対し、」を加える。
  2 同9頁1行目の「同年」を「平成8年」と改める。
  3 同10頁6行目の「回答をしなかったこと」を「回答をしなかったこと等の行為は民法645条の受任者の報告義務違反に当たり、」と改める。
  4 同11頁6行目の「下請契約を」を「再委託」と改める。
  5 同9行目の「下請けさせていた」を「再委託していた」と改める。
  6 同12頁末行目の「業務の一部」の次に「(事務管理業務を含む。)」を加える。
 二 当審附加主張
  1 控訴人
   (一) 原判決は控訴人に次の点で本件管理契約上の債務不履行があったという。
    (1) 被控訴人は、平成8年7月13日に至り、A管理員夫婦の退職を知った。控訴人及びB管理(以下、両者を控訴人らともいう。)は、それ以前に、被控訴人に対し、上事実を報告しなかった。
    (2) B管理は、平成8年7月15日、被控訴人から、A夫婦の退職について問い合わせを受けたのに、明確な返答をしなかった。
    (3) 控訴人らは、平成8年7月13日の被控訴人理事会に出席しなかったうえ、同月27日の理事会でA夫婦退職の経過等について明確な説明をしなかった。
    (4) 控訴人らは、被控訴人理事会の承諾を得ないで、区分所有者各人に対し、平成8年7月28日付け文書を配布した。それなのに、被控訴人理事長に対しては、上文書を配布しなかった。
 しかし、控訴人は、本件管理契約上、管理員の配置変更等を適宜行うことができるのであって、これを逐一被控訴人に報告すべき義務はない。したがって、上(1)ないし(3)の事実については、仮にそのような事実があったとしても、これが債務不履行となるいわれはない。
 また、そもそも、上(2)の事実はない。B管理は、平成8年7月17日、被控訴人理事長から問い合わせを受けたので、A夫婦退職の経過等を報告した。
 上(3)の事実については、本件管理契約上、控訴人らが毎回必ず被控訴人理事会に出席すべき義務はないうえ、同月27日の理事会には、B管理代表取締役が自ら出席し、今後の管理業務の方針等について説明を試みた。なお、上理事会では、A夫婦退職の経過等について説明を求められなかったので、これについての報告はしていない。
 上(4)の文書の内容は、管理員交代の通知と当面の管理体制の説明であるから、これを区分所有者各人に宛てて配付しても、それは管理業務の遂行にほかならず、本件管理契約に違反するものではない。また、上文書は被控訴人理事長にも配付している。
 以上によれば、控訴人には、本件管理契約上の債務不履行はなく、したがって、これを理由とする解除は無効である。
 なお、仮に、上各事実が認められたとしても、これらは些細な不手際という程度にすぎず、これを理由にして、本件管理契約を解除し得るものではない。
 いずれにせよ、原判決の認定判断は誤っている。
   (二) 原判決は、民法651条1項により、本件管理契約を解除できると判断した。しかし、原判決の上判断も誤りである。
 すなわち、本件管理契約は、管理員を現場に常駐させて、管理業務を行うものである。このような契約では、これを自由に解除できるとすると、管理員を雇用して配置している控訴人が多大の損害を被ることになる。それ故、本件管理契約では、民法651条1項の解除権を放棄する旨の特約がある。本件管理契約で、期間の定めがなされ、契約の終了に周知期間が設けられていることは、上特約があることの証左である。また、本件管理契約は、委任と請負の混合契約であり、民法641条の準用により、解除権の行使は制限される。
 なお、仮に、被控訴人が本件管理契約を解除できるとしても、その場合には、上事情からみて、控訴人の被る損害を賠償する義務があると解すべきである。
  2 被控訴人
   (一) 控訴人の当審附加主張(一)を争う。
 なお、原判決は、本件管理契約では事務管理業務を再委託することが許容されていたとし、控訴人がB管理に上業務を再委託したことが債務不履行に当たらないと判断した。しかし、本件管理契約の契約書の当該条項の文言からみても、原判決の上判断は誤っている。
   (二) 控訴人の当審附加主張(二)を争う。控訴人の上主張は、独自の見解であって、失当である。本件管理契約に、不解除特約は付されておらず、被控訴人は、民法651条1項により、これを解除することができる。


【理  由】
第一 判断の大要
 当裁判所は、大要次のとおり判断し、結論において、原判決と同様、被控訴人の本訴請求を認容すべきであると考える。その理由は第二以下で説示するとおりである。
 一 認定事実と請求原因等の要点
  1 当事者双方は被控訴人が本件マンションの管理を控訴人に委託する本件管理契約を締結した。
  2 被控訴人は、控訴人に対し、口頭ないし通知書をもって、本件管理契約を解除した。
  3 そこで、被控訴人は、控訴人に対し、その保管する管理費、積立金、専用使用料、水道料金等の本件保管金の返済を本訴において請求する。
  4 控訴人は、上解除が次の(一)のとおり無効であるが、これが有効であるとしても、次の(二)のとおり、控訴人に対して損害賠償請求権を有するから、これによる相殺の抗弁を主張する。
   (一) 無効原因
    (1) 本件管理契約は受任者の利益のためにも締結されたものである。
    (2) 期間の定めがあり、中途で解除することを認めると、控訴人は不測の損害を被る。
    (3) 本件管理契約は請負型委任であって、民法641条が準用されるから、解除の自由が制限される。
    (4) 被控訴人は、上解除の理由として、債務不履行をも主張するが、控訴人に債務不履行はない。
   (二) 相殺の抗弁(控訴人の主張)
 控訴人は被控訴人主張の解除の日である平成8年11月30日から本件管理契約の契約期間満了日である平成9年3月31日までの管理委託費相当の損害を受けた。そこで、この損害賠償請求権を自働債権として、本訴債権と対当額で相殺する。そして、その残額を被控訴人に支払った(争いがない)。
  5 被控訴人は、上相殺を争い、こう主張する。
 本件管理契約は受任者の利益のためにもなされた契約とはいえないし、控訴人のために不利な時期に解除されたものでもないから、被控訴人には、本件解除による損害賠償義務はない。また、控訴人には、被控訴人が賠償すべき損害がない。
  6 被控訴人は、上4の損害賠償請求権が生じ得る場合に備え、解除の理由として、債務不履行(報告義務違反、不誠実行為)を主張する。
  7 控訴人は、債務不履行がないとして、これを争っている。
  8 結局、本件の主要な実質的争点は、本件解除による控訴人の損害賠償請求権の存否にある。
 二 判断の要点
  1 本件管理契約は、被控訴人の利益のために締結された委任契約(厳密には準委任契約)であり、控訴人の利益のために締結されたものではない。また、控訴人と被控訴人間で、本件管理契約に付随して不解除特約が結ばれたものとは認められない。したがって、被控訴人は、民法651条1項により、本件管理契約を解除することができ、控訴人に対し、本件保管金234万7,560円の返還を求めることができる。
  2 被控訴人には、控訴人に対し、上1の解除による損害を賠償すべき義務がない。それ故、控訴人には被控訴人に対する自働債権がなく、その相殺の主張は理由がない。したがって、その余の判断をするまでもなく、被控訴人の請求は理由がある。
  3 なお、控訴人に本件管理契約上の債務不履行があったとは認められない。したがって、被控訴人による控訴人の債務不履行を理由とする本件管理契約の解除は無効である。
  4 よって、被控訴人は、控訴人に対し、本件保管金234万7,560円の返還とこれに対する年6分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができる。
第二 事実の認定
 一 総合的認定
 当事者間に争いのない事実及び証拠(甲1、甲2、甲3の1、2、甲4、甲5の1ないし4、乙4の1、2、乙6、乙11ないし13、乙16、証人F、被控訴人代表者)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
  1 被控訴人は分譲マンション「Y1」の区分所有者からなる管理組合である。控訴人及びB管理は建物の総合管理を業とする株式会社である。
  2 被控訴人は、昭和60年3月18日、控訴人との間で、契約期間を同年4月1から2年間とし、管理委託費を月額71万3,000円とする約定で、本件マンションの管理を控訴人に委託する内容の本件管理契約を締結した。その後、本件管理契約は順次更新され、最後に更新された契約では、契約期間は平成9年3月末日まで、管理委託費は月額96万3,000円となっていた。
  3 控訴人は、本件管理契約に基づき、事務管理業務、管理員業務、清掃業務、建物管理業務、設備管理業務を行うことになっていた。そのうち、事務管理業務には、管理費、積立金等の金員(本件保管金)の収納保管等を内容とする出納業務をはじめ、会計業務、管理運営業務、管理組合業務補助、その他が含まれていた。しかし、控訴人は、契約当初から、上事務管理業務を含む業務の大半をB管理に再委託していた。そして、自らは、例えば、C銀行○○○支店に開設した「Y1管理者代行X1株式会社」名義の普通預金口座(本件預金口座)で、本件保管金を収納保管する等の限られた業務だけを行っていた。被控訴人も、控訴人及びB管理による上業務遂行の実状を知っていたが、これを本件管理契約違反であるとして問題にしたことは一度もなかった。
  4 B管理は、従業員のA夫婦を本件マンションに常駐させて、管理員業務を行っていた。ところが、A夫婦は、平成8年7月2日、B管理に対し、退職を申し出た。そこで、B管理は、A夫婦の慰留に努める一方で、管理員交代の事態に備えるため、後任者の募集を開始した。
  5 被控訴人は、平成8年7月13日の理事会で、初めて、A夫婦が退職するかもしれないことを知った。被控訴人理事長らは、控訴人ないしB管理が、上退職について連絡してこなかったうえ、上理事会に出席してその件を報告することもしなかったことに不満を抱き、同月17日、B管理に電話をかけた。これを受けて、B管理は、同日、第1業務部長らを本件マンションに派遣し、被控訴人理事長らに対し、A夫婦から退職の申出があったことやその後の対応等について、説明をさせた。しかし、それでも、被控訴人理事長らは納得せず、Dらに対し、A夫婦の退職について連絡しなかったことや理事会で報告しなかったことを難詰したあげく、本件管理契約を打ち切って他の管理会社と契約するなどと話した。
  6 B管理は、A夫婦を翻意させることができず、また、その後任者も確保できないでいたが、被控訴人理事長らの言動からみて、後任者の決定が急務と考え、平成8年7月18日ころには、別のマンションの管理員とする予定で同月1日に採用していたE夫婦を後任にあてることを内定した。しかし、まだ、E夫婦の承諾を得ていなかった。さらに、B管理は、本件管理契約の継続を願い、同月19日、被控訴人理事長宛に、文書(甲5の4)を作成して交付した。上文書は、管理員交代について審議すべき理事会に欠席したことを詫び、今後、管理委託費を月額96万3,000円から78万7,000円に減額し、受託者を控訴人からB管理に変更し、管理員交代によっても業務遂行に支障が出ないよう万全を期すので、今一度機会を与えてほしいという内容であった。
  7 被控訴人は、平成8年7月27日に理事会を開くこととし、控訴人及びB管理の出席を求めた。B管理代表取締役は、上理事会に自ら主席し、今後の方針等を説明しようとしたが、理事らから、貴社が管理員を代えるから管理会社を変える、次の業者が待っているなどと言われたため、途中で説明を打ち切った。なお、A夫婦退職の経過等については説明を求められなかったので、この点には言及しなかった。被控訴人理事長らは、B管理の仕事ぶりを不満とする区分所有者らの意見があることを知っていたこともあり、同社関係者が帰った後の理事会において、控訴人に本件管理契約違反があるときは、同契約を解除することと決定した。そして、同年8月1日に理事会を開いて控訴人から事情を聴取し、本件管理契約上再委託できない筈の事務管理業務をB管理が受託しているかどうかを確認することになった。
  8 B管理では、平成8年7月28日、区分所有者宛に、文書(甲4)を作成して配付した。被控訴人理事長宅にも上文書を配付した。上文書は、管理員がA夫婦からE夫婦に交代することを報告し、その報告が遅れたことを詫びる内容であった。そして、B管理従業員のFは、その日にA夫婦を連れ、また、翌29日にはE夫婦を連れ、それぞれ挨拶回りをしたが、結局、被控訴人理事長や副理事長には会えなかった。
 なお、B管理は、被控訴人理事長らが管理員室の改修工事を承諾しなかったので、E夫婦を本件マンションに常駐させるわけにはいかなと判断した。そして、その代わりに、従業員2名を本件マンションに派遣し、24時間体制で、管理員業務に当たらせた。
  9 被控訴人理事長は、平成8年8月1日、理事会において、控訴人及びB管理の担当者から、控訴人がB管理に対して事務管理業務の一部を再委託していることを確認したので、上担当者に対し、3ヶ月後に本件管理契約を解除する旨を口頭で告げた。
  10 その後、控訴人及びB管理は、平成8年8月14日、被控訴人理事長宛に、文書(甲5の2)を作成して交付した。上文書は、本件管理契約の解除についての再考とそれが叶わない場合の集会決議を求め、併せて、同契約継続の場合の条件として、同年7月19日付け文書(甲5の4)と同旨の提案に加えて管理員室の改装費用の負担を、申し出る内容であった。
 また、B管理は、同年9月3日、区分所有者宛に、文書(甲5の1)を作成して配付した。被控訴人理事長宅にも上文書を配付した。上文書は、本件管理契約の解除に至る経過を説明し、区分所有者各人に対して再考を求める内容であった。
  11 被控訴人は、平成8年9月22日、集会を開き、区分所有者らの4分の3以上の賛成により、管理会社を変更する旨の決議を行い、改めて、控訴人に対し、同年10月11日到達の文書で、同年11月末日限り本件管理契約を解除する旨の意思表示をした。
  12 被控訴人は、控訴人に対し、平成8年12月19日到達の文書で、本件保管金を直ちに全額返還するように催告した。
  13 控訴人は、平成9年4月17日、本件口座を解約した。上解約当時、本件口座の保管金残高は929万6,931円であった。控訴人は、被控訴人に対し、同月30日到達の文書で、本件管理契約解除による損害賠償請求権234万7,560円(平成8年12月から平成9年3月まで4ヶ月間の管理委託費から管理員及び清掃員にかかる人件費を控除したもの)をもって、上保管金返還債権とその対当額で相殺する旨の意思表示をしたうえ、同日、相殺後の残金694万9,371円を被控訴人に返還した。
 二 反対共述の排斥
  1 被控訴人代表は、概ね、こう供述する。被控訴人理事長は、平成8年7月13日の理事会で、A夫婦が退職するかもしれないと聞いたので、同月15、16日ころ、B管理に電話して、Aから聞いたことを伝えた。B管理から管理員の交代を検討中という返事があった。その後、B管理代表取締役が、同月27日の理事会に出席したが、過去の自慢話をしただけで終わり、管理員交代に関する具体的な話をしなかった、と。
 しかし、前示のとおり、B管理は、上電話のあった数日後である同月9日、被控訴人理事長宛に、文書(甲5の4)を作成して交付している。そして、上文書は、理事会に欠席したことを詫びるだけでなく、管理委託費を月額96万3,000円から78万7,000円へと大幅に減額すること等を考慮するので、今一度機会を与えてほしいという内容であった。また、それまで、B管理による業務遂行を巡って深刻なトラブルがあったことを窺わせる証拠がない。これらの点を考え併せると、被控訴人理事長が、同月15、16日ころ、B管理に電話して、Aから聞いたことを伝えただけで、B管理が上のような内容の文書を作成交付したことは到底考え難い。被控訴人理事長からは相当厳しい内容の話がなされたと推認できる。したがって、反対趣旨の証拠(乙16、証人F)に照らし、被控訴人代表者の上供述は採用できない。
  2 証人Fは、その証言及び陳述書(乙16)において、こう述べる。平成8月7年17日、被控訴人理事長から本件管理契約を打ち切る等の話があった。そこで、翌18日、区分所有者宛に、管理員交代を知らせる内容の文書(乙5)を作成して配付した、と。
 しかし、上文書は、その前日の被控訴人理事長の話を受けて急遽作成されたことからすると、例えば、管理員交代の報告が遅れたことに対する詫びの文言がないことなど、必ずしも上作成経過に相応しいとはいえない内容である。また、前示のとおり、B管理は、同月28日、区分所有者宛に、文書(甲4)を作成して交付した。ところが、上文書には、「突然ではございますが、この度A管理員が7月28日をもちまして健康上の理由で退職することとなりました。大変ご報告が遅くなりまして申し訳ございません。」との記載があり、区分所有者に対し、初めて、管理員交代の件を報告する内容、体裁になっている。以上からみて、証人Fの上供述はにわかに措信できず、他に、上文書(乙5)配付の事実を認めるに足る的確な証拠もない。
  3 被控訴人代表者は、控訴人ないしB管理の配付した文書中に、平成8年7月28日付け文書(甲4)のように、被控訴人理事長宅に配付されなかったものがあると供述する。 しかし、被控訴人理事長は、本件マンションに居住しており、理事長という立場にあるから、上文書が配付されたことは遅かれ早かれ同人の知るところとなる筈である。また、控訴人ないしB管理は、本件管理契約の継続を希望していたのであるから、殊更、被控訴人理事長の機嫌を損ねるおそれのある行動に出るもとは考え難い。その他、控訴人らが、被控訴人理事長に上文書を配付しないことについて、合理的な理由があったことを窺わせる証拠もない。そうであれば、反対趣旨の証拠(乙16、証人F)に照らし、被控訴人代表者の上供述は採用できない。
第三 検討
 一 委任契約の解除の種別と訴訟物
  1 本件管理契約は、前認定第二の一2とおり、被控訴人が本件マンションの管理を控訴人に委託する委任契約(厳密には準委任契約)である。
  2 委任は、当事者間の人的な信頼関係に基礎をおくものであるから、何時でも、何らの事由を要せずに解除し、契約を終了させることができる(民法651条1項)。もっとも、委任契約も一つの債権債務関係であるから、債務不履行による解除が認められる(民法541条)。しかし、この債務不履行解除も遡及効のない解除であることに変わりがない(民法652条、620条)。前示委任の自由解除と異質のものではなく、その一態様にすぎない。この両者に基づく委任の終了による本件保管金等の返還請求は、その実質が不当利得返還請求であって、訴訟物を異にするものではない。したがって、この場合には、たとえ、当事者が解除の理由として、債務不履行を第一次的主張としたり、その旨の意思表示をしたとしても、その理由の存否を問わず、解除を有効とすべきである(大判大正3・6・4民録20輯551頁)。そこで、当裁判所は、まず民法651条1項の解除の成否及びこれに対する相殺の抗弁(損害賠償の義務)について検討し、これによると解除が認められないか、相殺の抗弁により被控訴人の本訴請求が排斥される関係になるときに、遡って、債務不履行による解除の成否及びこれに対する相殺の抗弁の適否につき判断することにする。
 二 民法651条1項に基づく解除の検討
  1 委任契約の各当事者は、前示のとおり、いつでも契約を解除でき、それは理由の有無、内容にかかわらず、自由になし得る(民法651条1項)。もっとも、相手方に対し、損害賠償をすべき場合がある(民法651条2項)。これは、委任契約の本質、すなわち、委任が当事者間の人的信頼関係を基礎とする契約であることに由来するものである。
 しかし、委任契約が、委任者の利益のためでなく、受任者の利益のために締結された場合には、委任者による上自由解除権は、その行使に一定の制限を受ける。この場合には、受任者が著しく不誠実な行為に出る等のやむをえない事由があるが、あるいは、そのような事由がないにしても、委任者が委任契約の解除権自体を放棄したものとは解されない事情があるときに限り、民法651条に則り、解除権を行使することができる。ただ、後者の場合、委任者は、委任契約の解除によって受任者が被る不利益について、その損害を賠償する責めを負う(裁判昭和56・1・19民集35巻1号1頁)。そして、上にいう受任者の利益とは、委任事務の遂行と直接に関係し、その事務の遂行によって初めて得られる受任者の利益をいい、受任者がその利益を享受することについて、委任者がこれを承認しなければならない関係が存するものをいう。例えば、債務者が債権者に自己の債権の取立てを委任し、それをもって自己の債務の弁済に充てる場合、債権者の弁済を受けるという利益がこれに当る。これと異なり、受任者の受ける報酬は、委任事務を遂行したことの対価にすぎないから、この受任者の利益には該当しない。それ故、報酬の定めがあるというだけでは、当該委任契約が受任者の利益をも目的として締結されたものとはいえない(最判昭和43・9・3裁判集民事92号169頁、最判昭和58・9・20判例時報1100号55頁参照)。
  2 控訴人は、本件管理契約において管理委託費の定めがあることをあげて、受任者である控訴人の利益をも目的とする契約であると主張する。
 しかし、前認定のとおり、本件管理契約は、被控訴人が控訴人に本件マンションの管理を委託し、その対価として管理委託費(報酬)を支払うという内容にすぎない。受任者である控訴人が、この外に、本件管理契約で受託した業務の遂行それ自体に直接関係し、その業務の遂行によって初めて得られる利益を享受する関係にあると認めるに足る的確な証拠がない。それ故、控訴人の上主張は、その主張自体失当であり、本件管理契約は、受任者である控訴人の利益をも目的として締結されたものとはいえない。
 したがって、被控訴人は、民法651条1項に基づき、本件管理契約を解除することができる。そして、この解除は受任者の利益を目的としない通常の委任の解除であるから、控訴人は、解除により損害を被ったとしても、その解除が自己に不利な時期になされたこと及びそれによる損害であることを証明しない以上、被控訴人に対してその賠償を求めることができない(民法651条2項本文)。
  3 控訴人は、本件管理契約上、管理員を常駐させて、管理業務を行うことが定められており、これを自由に解除できるとすると、控訴人が多大の損害を被ることをあげ、それ故、解除権を放棄する旨の特約があると主張する。そして、本件管理契約に、期間の定めがあり、契約の終了に周知期問が設けられていることは、上特約があることの証左であるとも主張する。
 しかし、委任契約をいつでも理由なしに解除できるというのは、前示のとおり、当事者間の人的な信頼関係に基礎をおくという委任の本質に由来するものであるから、とくに、上契約が委任者の利益だけを目的とするものである場合に、委任者がこの人的信頼を失ってもなお自由解除を行使し得ないというような本質的権利の放棄を認めるには、十分慎重でなければならない。
 本件契約書(甲1)では、契約の終了一般に周知期間が設けられているとはいえず、単に、期間の定めがあり、期間満了時の黙示の更新規定があるにすぎない。そして、上の期間の定めや期間満了時の更新規定のみでは、上期間の満了まで解除を許さずに委任契約を継続させる意思を有すると認めるのが妥当であるとはいえず、また、それを妥当とすべき客観的、合理的な理由があるとはいえない。
 なるほど、前認定のとおり、本件管理契約上、管理員を本件マンションに常駐させて、管理員業務を行う旨定められている。しかし、証拠(甲1)及び弁論の全趣旨によれば、委託業務を遂行する具体的方法や手順などは全て控訴人に委ねられており、管理業務についても同様であることが認められる。しかも、前認定のとおり、控訴人は、建物の総合管理等を業とする株式会社であり、被控訴人以外の者との間でも管理契約を締結して、マンション等の管理業務を行っているのである。そうすると、控訴人が主張する点は、控訴人側の合理的経営ないし経営の継続確保という内部事情にすぎず、これについては、解除に備えて予告期間を設けるなどの方法により対処することができる。また、本件では、被控訴人自身が、自ら、本件解除に3か月の予告期間をおいている。そうであれば、この管理員の常駐をもって、被控訴人側はもとより、控訴人側にとっても、期間の満了まで本件管理契約を継続させ、解除権を放棄する意思を有すると認めるのを妥当とすべき客観的、合理的な理由というには十分ではない。
 結局、本件全証拠を総合しても、本件管理契約において、解除権を放棄する旨の特約が結ばれたことを認めるに足りない。
  4 さらに、控訴人は、本件管理契約が委任と請負の混合契約であるから、民法641条の準用により、解除権の行使は制限を受け、これを行使するのであれば、控訴人の被る損害を賠償すべきであると主張する。
 しかし、前示のとおり本件管理契約は、その業務内容からみて、委任契約(厳密には準委任契約)と解される。なるほど、証拠(甲1)からみて、本件管理契約においても、請負の性質を有すると解し得る業務が含まれていないでもない。しかし、本件管理契約は、本件マンションの管理一切を委託するものであって、そこに含まれる多種多様な業務の一々を個別に委託するものではない。したがって、本件管理契約中に、請負的性質を有すると解される業務が含まれているとしても、これをもって、その契約の解除につき、請負の規定を準用すべきものとはいえない。
  5 ところで、前認定のとおり、被控訴人は、平成8年8月1日、控訴人の自己処理義務(最委託禁止)違反を確認したうえで、本件管理契約を解除する旨告げている。また、証拠(甲2)によれば、被控訴人は、同年10月11日、改めて、本件管理契約を解除する旨通知したが、解除の理由には触れていないことが明らかである。これらの点からみると、被控訴人は、債務不履行を理由とする意思で、本件管理契約を解除したものとはいえなくもない。しかし、委任契約は、前示のとおり、当事者が解除の理由として債務不履行である旨の意思表示をしたとしても、その理由の存否を問わず、民法651条1項の解除として、有効とすべきである。それ故、被控訴人による上解除は、民法651条1項に基づく解除として、その効力を有する。
 また、本件記録中にある被控訴人の管理組合規則によれば、理事長は、理事会の承認を得て、その業務を第三者に委託し、あるいは、請け負わせることができると定められている。これによると、被控訴人理事長は、上同様の手続を経て、委託先を変更することもできると解される。そうであるところ、前認定のとおり、被控訴人理事長は、同年8月1日、本件管理契約を解除するに当たり、理事会の承認を得ていた。上解除の意思表示に瑕疵はないといえる。それ故、本件管理契約は、上解除により、被控訴人自身が解除の意思表示の際設定した3ケ月後の同年11月1日をもって、終了したものと認められる。
  6 控訴人は、被控訴人による上解除が控訴人に不利な時期になされたこと及び控訴人の主張する損害がそれによるものであることについては、明確な主張をせず、また、これを認めるに足る的確な証拠もない。
  7 小括
 本件管理契約は控訴人の利益のために締結されたものとはいえない。本件管理契約に付随して不解除特約が結ばれたものとも認められない。それ故、被控訴人は、民法651条1項により、本件管理契約を解除し、控訴人に対して、本件保管金の返還を求めることができる。したがって、控訴人の相殺の主張は、自働債権である損害賠償請求権が認められないから、理由がない。
 三 まとめ
 したがって、被控訴人の債務不履行解除の主張等その余の点につき判断するまでもなく、被控訴人は、本件管理契約の解除に基づき、控訴人に対し、次の金員の支払を求めることができる。
  1 本件保管金234万7,560円
  2 上金員に対する年6分の割合による遅延損害金(返還請求した翌日の平成8年12月20日から支払い済みまで)。
 四 債務不履行解除の検討
 以上のとおりであるから、債務不履行解除の判断は、その必要がない。しかし、当事者双方は、前示委任の解除の性質を正解せず、債務不履行の存否を中心に争い、原判決もこれに対する判断をしているので、この点につき、若干の検討を付加する。
 当裁判所は、控訴人に、これによる解除をいう程の債務不履行が認められないと判断する。その理由は次のとおりである。
  1 報告義務違反
 被控訴人は控訴人に報告義務違反があったと主張する。しかし、本件全証拠によっても、控訴人が、本件管理契約に違反し、被控訴人に対する報告義務を怠ったと認めるには足りない。むしろ、前認定の事実からみると、控訴人には上報告義務違反がなかったことが明らかである。
 まず、管理員業務が適切に遂行されるかどうかは、もっぱら、管理員の能力、資産、性格等にかかっているといえるから、管理員の交代は、被控訴人ないし区分所有者の利害に関係し、その関心事であることを否定できない。それ故、控訴人には、本件管理契約上、被控訴人に対し、その請求がなくとも、管理員の交代を報告すべき義務があると一応いえる(民法645条参照)。しかし、前認定のとおり、控訴人は、本件管理契約上、管理員を本件マンションに常駐させて、管理員業務を行うことになっている。そして、証拠(甲1)及び弁論の全趣旨によれば、管理員の人選、配置、変更、監督等は全て控訴人に委ねられていることが明らかである。したがって、管理員の交代も、控訴人の判断でこれを行うことができるのであって、被控訴人の承諾を要するものではない。そうであれば、特段の事情がない限り、少なくとも、管理員交代の要否ですら未確定の交渉段階で、その折衝の顛末を自発的に報告すべき義務はないというべきである。控訴人は、被控訴人の請求をまって、これを報告すれば足りる。
 被控訴人は、平成8年7月13日の理事会で、初めて、A夫婦退職の件を知り、その点について、それまで連絡がなかったうえ、理事会でも報告がなかったとして、これを控訴人の報告義務違反であると主張する。しかし、前認定のとおり、その当時、A夫婦が退職するかどうかは確定しておらず、もとより、その後任者も決まっていなかったのである。したがって、控訴人の上行為が報告義務違反に当るとはいえない。
 また、被控訴人は、その後も、明確な報告がなかったと主張する。しかし、前認定のとおり、B管理では、同月17日、被控訴人理事長からの電話を受けるや、すぐさま、担当者を派遣し、A夫婦から退職の申出があったことやその後の対応等について、説明をさせている。そして、控訴人ないしB管理が、同月27日の理事会で、A夫婦退職の経過等を報告しなかったのは、すでに同月17日に報告済みであったうえ、被控訴人からの請求がなかったからである。このように、控訴人らは、被控訴人の請求に対し、それ相当の対応をしているのであって、この点についても、報告義務を怠ったとはいえない。
  2 自己処理義務(再委託禁止)違反
 被控訴人は、本件管理契約上、事務管理業務については、控訴人自ら処理すること義務づけられ、これを他に再委託することはできないのに、これをも含めてB管理に再委託していたと主張する。しかし、次のとおり、本件管理契約では、控訴人が第三者に事務管理業務を再委託することが許されている。それ故、控訴人が事務管理業務をも含めてB管理に再委託していたことも、それが本件管理契約に違反するものではない。
 本件管理契約の契約書(甲1)には次の定めがある。
  第3条 被控訴人が控訴人に委託する業務は、事務管理業務、管理員業務、清掃業務、建物管理業務、設備管理業務である。その内容及び管理に要する経費の負担区分等については別紙仕様書のとおりとする。
  第4条 控訴人は、前条に定める義務の一部をB管理または他の第三者に再委託することができる。
  (別紙)管理仕様書
     第1 事務管理業務(本社業務)
         業務区分、業務内容 略
     第2ないし第6 略
         業務区分、業務内容 略
 そして、上規定の文言、体裁からみると、一応次のとおりといえる。すなわち、第3条は、委託業務の範囲を定め、その内容を別紙に委ねた規定であり、誰がこれを処理するかを念頭に置き、定められたものではない。また、第4条は、再委託の対象となる業務を第3条の義務の一部と規定しているが、事務管理業務を除くとは明記していない。これらの点からみると、別紙管理仕様書で、事務管理業務についてだけ、本社業務とカッコ書きされていることを根拠として、これを再委託を許さないことを定めた趣旨に解するのは相当でない。むしろ、上第3条、第4条の文言、体裁からみて、再委託の対象から事務管理業務を排除しているとはいえない。しかも、第4条では、再委託を受ける業者としてB管理が指定されており、前認定のとおり、控訴人は、本件管理契約締結の当初から、事務管理業務を含む業務の大半をB管理に再委託していた。被控訴人は、上業務遂行の実状を知りつつ、これを本件管理契約違反であるとして問題にしたことは一度もなかった。そして、以上の諸点を考え併せると、本件管理契約においては、事務管理業務をも含めて再委託の対象として合意されたものと推認するのが相当である。したがって、控訴人に、この点の債務不履行はない。
 なお、被控訴人は、本件管理契約について、住宅宅地審議会答申にある中高層共同住宅標準管理委託契約書(甲8)の規定が適用されるべきであるという。しかし、本件証拠上、控訴人と被控訴人間で、本件管理契約について、上契約書の規定に依拠することを合意したり、あるいは、これを参酌して締結された形跡はない。その主張は失当である。
  3 不誠実行為
 被控訴人は、控訴人の文書配付について、不誠実な点があったと主張する。
 しかし、そもそも、被控訴人に所論の不誠実な行為があったとしても、それだけのことで、本件管理契約の債務不履行解除はできない。それに、証拠(甲1)によれば、本件管理契約上、控訴人が区分所有者に文書を配付することは禁止されておらず、その配付に当って被控訴人理事会の承諾を要するとも定められていない。また、前認定のとおり、控訴人が配付した文書は、管理員の交代、その後の対応、本件管理契約解除に至る経過等の説明や報告をし、あるいは、上解除の再考を求める内容である。それに被控訴人や理事会ないし理事長らを非難する内容が含まれているわけでもない。そうすると、被控訴人の文書配付行為を、被控訴人に対する不誠実な行為と評価することはできないし、もとより、これが本件管理契約上の債務不履行となるものでもない。
 なお、前示のとおり、控訴人は被控訴人理事長宅にも文書を配付したと認められる。
  4 小括
 以上のとおり、控訴人に、本件管理契約上の債務不履行ないし不誠実行為があったとは、認められない。被控訴人による控訴人の債務不履行を理由とする本件管理契約の解除はその理由がない。
第四 結論
 一 原判決は、債務不履行解除を認めて、被控訴人の本訴請求を認容した。当裁判所は、以上のとおり、民法651条1項の解除を認めて、本訴請求を認容するが、債務不履行解除は認められないと判断する。しかし、前示のとおり、委任契約の解除に基づく委任者の受任者に対する保管金等の返還請求は、その解約の理由が、民法651条1項の解除か、債務不履行の解除かによって、訴訟物を異にするものではない。それ故、原判決が上解除の理由として債務不履行を認めた点は失当であるが、結局、民法651条1項の解除による本訴請求を認容すべきものであるから、これが主文に影響を及ぼすものではない。
 二 よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は結論において相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用は控訴人の負担として、主文のとおり判決する。  
  大阪高等裁判所第10民事部
          裁判長裁判官   吉 川 義 春
             裁判官   小 田 耕 治
             裁判官   播 磨 俊 和






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