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bQ1 居住ルール・管理規約/フローリング騒音 平成10年 1月23日 判例集未掲載 東京地判 判決要旨 直上階の区分所有者がフローリング床に改装したことによって、受忍限度を超える生活騒音が発生しているとしてなされた階下の区分所有者の損害賠償請求が棄却された事例/階下の区分所有者による生活騒音を理由にした抗議行動(3年間にわたって繰り返された短くて10分、長くて1時間に及ぶ天井を叩く行動、深夜あるいは早朝抗議電話をかけ続ける、19回にわたってパトカーを呼ぶ)が、暴力行為に匹敵する違法行為にあたるとして、階下の区分所有者に対して200万円の損害賠償を命じた事例 判決日・当事者 平成10年1月23日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官依田弘太郎 平成7年(ワ)第16838号 騒音防止等本訴請求事件・平成8年(ワ)第226号損害賠償反訴請求事件(平成9年11月28日口頭弁論終結) 東京都○○区○○○1丁目1番17号 マンションB202号室 原告(反訴被告) X1 同所 原 告 X2 同所 原告(反訴被告) X3 上3名訴訟代理人弁護士 野 村 英 治 東京都○○区○○○1丁目4番22号 被告(反訴原告) Y1 ○○市○○1丁目7番6号 被 告 Y2 上両名訴訟代理人弁護士 大 高 満 範 同 井 ノ 上 正 男 同 水 庫 正 裕 上大高訴訟復代理人弁護士 安 孫 子 俊 彦 東京都○○市○○○○8丁目9番14号 被 告 Y3 上訴訟代理人弁護士 高 江 満 同 阿 部 一 夫 同 千 葉 博 【主 文】 一 原告(反訴被告)X1、原告X2及び原告(反訴被告)X3の被告(反訴原告)Y1、被告Y2及び被告Y3に対する請求をいずれも棄却する。 二 原告(反訴被告)X1及び原告(反訴被告)X3は、連帯して、被告(反訴原告)Y1に対し、金200万円及びこれに対する平成8年1月13日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。 三 訴訟費用は、原告(反訴被告)X1、原告X2及び原告(反訴被告)X3の負担とする。 【事実及び理由】 第一 事案の概要及び判決の骨子 一 本訴関係 本訴は、マンションの2階に居住する本訴原告らが、その階上の部屋の所有者である被告Y2(以下「被告Y2」という。)並びにその使用者である被告Y1(以下「被告Y1」という。)及び被告Y3(以下「被告Y3」という。)に対して、3階の部屋から2階の部屋にもたらされる生活騒音が一定程度以下になるようにするための防音工事及び使用並びに損害賠償を求めた事案である。 これについて、本判決は、違法視されるような騒音の発生は認められないとして原告の請求を棄却した。 二 反訴関係 反訴は、原告(仮訴被告)X1(以下「原告X1」という。)及び原告(反訴被告)X3(以下「原告X3」という。)が騒音抗議の名で実は被告Y1に嫌がらせを行いこれにより被告Y1に多大な精神的な損害を与えているとして、被告Y1が上原告両名に対して、損害賠償を求めた事案である。 これについて、本判決は、被告Y1の主張を基本的に認めて反訴請求を認容した。 第二 当事者の請求 A 本訴請求 一 被告Y2及び被告Y1は、別紙物件目録記載一の建物(以下「303号室」という。)の使用に伴って階下の別紙物件目録記載二の建物(以下「202号室」という。)に生じる室内騒音が26から27ホン(デシベルA)以下になるように303号室に必要な防音工事をせよ。 二 被告Y2、被告Y1及び被告Y3(以下「被告Y3」という。)は、202号室に生じる室内騒音が26から27ホン(デシベルA)以下になるように303号室を使用せよ。 三 被告Y2及び被告Y1は、連帯して、 1 原告X1に対し、金300万円 2 原告X2(以下「原告X2」という。)に対し、金200万円 3 原告X3に対し、金200万円 及びこれらに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。 四 被告Y3は、 1 原告X1に対し、金300万円 2 原告X2に対し、金150万円 3 原告X3に対し、金150万円 及びこれらに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。 五 被告らが一または二に違反した場合には、被告らは、それぞれ原告ら各自に対し、1日当たり金1万円を支払え。 六 仮執行の宣言 B 反訴請求 一 主文二項と同旨 二 仮執行の宣言 第三 当事者の主張 (以下の事実の主張のうち、争いがある事実については、傍線を付し、相手方の争いの内容を直後の〈 〉内に読み易さの便宜を考慮して小さな文字で記載した。傍線及び反対主張の記載のない事実は争いがないものである。) 一 原告の本訴請求原因 1 当事者 (一) 原告X2は原告X1の妻、原告X3は原告X1と原告X2間の子であり、原告らは、昭和46年4月より202号室に居住している。 〈被告らの争いの内容−不知〉 (二) 被告Y2は、202号室の真上の303号室を所有している。 (三) 被告Y1は、昭和52年1月頃から平成7年4月28日ころまで303号室に居住し、現在も使用権を有している。 〈被告Y1の争いの内容−被告Y1が居住していたのは昭和53年4月頃から平成6年7月頃までであり、現在は使用権を有していない。〉 (四) 被告Y3は、被告Y1から303号室の使用権を与えられ、使用している。 〈被告らの争いの内容−被告Y2から使用権を付与されたものである。〉 2 不法行為 (一) 被告Y2及び被告Y1の不法行為 被告Y1は、昭和63年12月中旬頃突然303号室の室内の全面改装工事(以下、「本件改装工事」という。)を施工した。これは、それまで和室と間仕切りがあり、床にはカーペットがあったのを、すべて取り壊し、取り払って、全面フローリング様の床としたものである。そして、床の下は、根太の間隔を広くし、大引きの下に防音マットを敷かず、しかも管理規約で禁止されている駆体の改造(浴室の床面をはつる。)を行った。 〈被告Y2及び被告Y1の争いの内容−被告Y1は、本件改装工事を突然施工したのではなく、本件マンションの理事会の理事長の許可を受け、原告らにも挨拶をした上で工事に着手した。 また、本件改装工事以前は、303号室は、3LDKで2室が和室、その他がPタイル張りであったところ、ベランダ側の和室とLD(リビングダイニング)とをまとめて1室とし、これと玄関からの廊下とキッチンの床とをフローリングとし、玄関側の和室はカーペット敷きの洋室とした。 さらに、根太は、フローリング部分下のものについて間隔を狭くしたほか従来のままであり、その上に合板及び遮音材(商品名○○○○○)を敷き、その上に厚さ12ミリメートルの床材を敷設した。 浴室の床面をはつることはしていない。〉 (二) 被告Y3は、被告Y1と共謀して、原告らを202号室から退去させる目的で、原告らの玄関に来て大声で怒鳴ったりドアを足蹴にしたり、303号室にはほとんど深夜に出入りして床を踵で蹴るなどしている。 〈被告Y3の争いの内容−否認する。〉 3 困果関係 202号室及び303号室を含む一棟の建物(以下「本件マンション」という。)は、もともと床のフローリングを予定しておらず、床も従来の工法により厚さ130ミリメートルのコンクリートスラブ、根太、大引き、ステ板、畳敷からできていた。ところが、本件改装工事においてフローリングへの改装をしたことにより、床下に空間ができることとなり、後記4のとおりの騒音被害を階下の202号室に居住する原告らに与えることとなったものである。 〈被告Y2及び被告Y1の争いの内容−本件マンションが床のフローリングを予定していなかったとの点は争う。 本件改装工事により、202号室に騒音被害が生じるようになったとの点は否認する。本件改装工事の内容は、2(一)で述べたとおりであり、被告Y2及び被告Y1は、コンクリートスラブや壁の厚さを変更していないので、階下への音の発生は、本件改装工事以前と変わらない。〉 4 被害 それまでは、202号室の騒音レベルは26から27ホン程度であったが、本件改装工事後は202号室において特に低周波の重量床衝撃音による被害が著しくなった。そのため、原告らは、303号室からの振動と騒音により、日常生活の平穏を害され、苦しみ続けている。 なお、平成7年9月に被告らにおいて防音工事(以下「本件防音工事」という。)をしたところ本件防音工事の案を出した訴外B(以下「B」という。)は、原告が依頼した者であるが、正規の資格を有しないため、原告らにおいて解任した。本件防音工事によって、軽量床衝撃音は相当に改善されたが、重量床衝撃音は改善されていない。 〈被告Y2及び被告Y1の争いの内容−否認ないし不知。〉 5 よって、被告Y2は所有者として、被告Y1は本件改装工事をした303号室の使用者として、第二のAの「本訴請求」欄一、二記載の作為を、また被告らは原告らに対し同三、四記載の慰謝料支払義務を負う。そこで、原告らは、第2記載の請求をするものである。 〈被告らの争いの内容−争う。〉 二 被告らの抗弁 1 被告Y2及び被告Y1 本件改装工事後に被告Y1は、303号室の床にカーペットを重ねていたので、現実の床衝撃音遮音値(L値)は35から40であり、遮音性能上非常に優れてい状態(特級)であった。したがって、本件改装工事後の303号室の使用により202号室にもたらされる音の状態は受忍限度内であった。 また、平成5年7月6日の双方合意の上で202号室にもたらされる音の測定がされたが、原告側の依頼した音の専門家とされるBが上測定結果を踏まえて解決案を提案したところ、被告Y2及び被告Y1は、平成7年9月にこれに従った防音工事(本件防音工事)を実施した。その結果、カーペットを使用しない状態でも、L値は、35から40の特級レベルになった。重量床衝撃音は、あるとしても本件改装工事及び本件防音工事以前と変わらない。なお、本件防音工事がB解決案提出後月日を経た後の平成7年9月になってされたのは、B解決案に原告らが難色を示したためである。 〈原告らの争いの内容−否認ないし争う。〉 2 被告Y3 被告Y3は、平成7年4月28日から303号室を使用しているが、使用態様は格別騒音を出すものではなく、仮に階下の原告らに階上の音が聞こえることがあったとしても、集合住宅における受忍限度内である。むしろ、原告らの過剰ともいえるリアクションが被告Y3の生活の平穏を侵害している。 〈原告らの争いの内容−否認ないし争う。〉 三 被告Y1の反訴請求原因 1 加害行為 (一) 原告X1は、本件改装工事が終了した平成元年3月頃から「被告Y1らに対して苦情の手紙を郵送し始めた。 (二) 原告らは、平成元年7月頃から、深夜や早朝等にも202号室の天井を固いもので叩いたり、同様の時間帯に被告Y1方に電話を架けてきて、電話に出ると[うるさい。」と怒鳴って直ちに切るというようなことをし始めた。 (三) 原告X1は、平成元年7月17日の午後11時30分頃、「静かにしろ」と言って、被告Y1方に怒鳴り込んできた。被告Y1は食事中で静かにしていたので、その旨を述べたところ、原告X1は、被告Y1が制止したにもかかわらず、被告Y1方に上がり込み、こういう間取りになっているのかと言って帰っていった。 (四) 被告Y1の当時の夫のC(以下「C」という。)が、平成元年9月24日に急死したが、原告らは、その後も昼夜を問わず、202号室の天井を叩いたり、被告Y1方に対して電話を架けたりすることを継続した。 このため、被告Y1は、不眠症となり、睡眠薬を服用するようになった。また、天井を叩く音は両隣の家の人からも苦情が出る程のものとなり、平成4年11月ころ本件マンションの管理組合で問題となり、組合決議に基づきお願いと題する文書が配布されたため、原告らはこれを中止することとなった。 (五) 原告らは、平成5年1月以降も303号室の玄関先やベランダで大声を出し、玄関のドアを蹴飛ばしたり、呼び鈴を壊したり、電話で怒鳴ったり、無言電話を架けたり、外出しようとすると睨み付け大声で罵倒する等の行為に及んだ。このような嫌がらせは、被告Y1が303号室を退去した平成6年7月頃まで続いた。被告Y3が入居した後は被告Y3に対して継続している。 〈原告らの争いの内容−1全体について否認する。被告Y1は自らの加害行為を棚に上げて被害者のごとくすり替えた主張をしている。〉 2 被害 1の加害行為により、被告Y1は、生活の平穏を害され、危険を感じながら防犯ブザーを携帯して身を守るようになった。 また、長男のY4(昭和63年生まれ)は、本件マンションの中を歩くことさえ嫌がるほどに怯え、電話やノックにも怯えるようになった。 このような精神的な被害は、少なく評価しても200万円を下ることはない。 <原告らの争いの内容−不知ないし争う。> 3 よって、被告Y1は、反訴被告らに対し共同不法行為を理由に反訴請求の趣旨のとおりの金員の支払いを求める。 第四 争点についての判断(事実の認定については、認定に供した主な証拠を事実の末尾に略記する。成立に争いがないか弁論の全趣旨により成立の認められる書証については、その旨の説示を省略する。) 一 当事者 原告X2は、原告X1の妻であり、被告X3は、原告X1と原告X2との間の子である。原告らは、昭和46年4月頃、202号室を購入してそこに居住することとなった〈甲55の第1の2〉。 被告Y2は、202号室の真上の303号室の所有者であり、昭和51年11月頃にこれを購入した。子供(被告Y1の兄や姉)がそこに居住し、子である被告Y1は昭和53年4月頃か居住し始め、被告Y1が結婚した昭和61年11月からは被告Y1と夫のCとが303号室に居住するようになった。 <乙12の2項> 二 本件改装工事の内容 1 本件改装工事の内容(床上側) 昭和63年12月中頃に303号室の床に施された本件改装工事の内容は、基本的には本訴請求原因2(一)のとおりであり、双方で食い違う点については、303号室は3LDKの造りで、それまで2室が和室で他はPタイル張りであったところ、ベランダ側の和室とLDとを1室とし、これと玄関からの廊下とキッチンの床をフローリングとし、玄関側の和室はカーペット敷きの洋室とした<被告Y1調書1から5頁>。 2 本件改装工事による床下の変更の有無・内容 本件改装工事に伴う床下の変更の有無については、フローリングとした部分の床下の根太は間隔が狭くなった(広くなったのではない。)が、それ以外は従来のままであった。そして、根太の上に合板及び遮音材(商品名○○○○○○)が敷かれ、、その上に厚さ12ミリメートルの床材が敷設された。 浴室の床面をはつることはされていない。<乙12の4項> 三 本件改装工事後の状況の変化有無・内容 1 原告らの抗議 本件改装工事後に、原告らから文書、電話、202号室の天井を叩くといった方法で抗議がなされていた。そこで、被告Y1は、リビングダイニングの床のフローリングの上に、部分的には二重、三重にカーペットを敷いた。<乙12の四@、被告Y1調書18頁> 2 騒音測定の契機 被告Y1が、平成5年春にフェルトと絨毯を敷こうとしたら、原告X3から「絨毯を敷こうとしているようだが、それで済むと思うなよ。」という電話があり、その後、原告ら代理人としての弁護士下門弁護士から「きちんと測定し専門家の意見を踏まえて施工した方がよいのではないか」との申し入れがあったので、被告Y1は、これに従い、絨毯を敷くのを中止し、騒音の測定をすることとなった。〈被告Y1調書18・19頁〉 3 騒音測定 平成5年7月6日に騒音の測定が行われた。これについて、原告X1は、測定の方法が悪いなどといったクレームを現場ではしてはいなかった。他方、被告ら代理人の辻弁護士が原告の部屋に入れて欲しいと頼んだが、原告らはこれを拒否したため、辻弁護士は原告らの202号室における音の状況を体感することはできなかったし、後述の事実上の検証時まで被告側の関係者は誰一人202号室の音の状況を調べることはできなかった。〈原告X1調書60頁、被告Y1調書19頁〉 4 測定の結果(軽量床衝撃音の変化の有無) 3の騒音測定の結果、303号室の床のフローリング部分に音源を置いた場合の階下に及ぶ軽量床衝撃音遮音値レベルは、55から60であり、この床のフローリング床にカーペットを3枚した場合には同遮音値レベルは35から40であった〈乙1・2〉。そして、遮音値レベルが35から40は、日本建築学会の基準に照らすと、遮音性能が非常に優れているレベルである〈乙10末尾の別表〉。 また、音の専門家とされていたBは、上の騒音測定の結果を踏まえて、軽量床衝撃音については○○○○○防音床マットCという製品〈乙1の3頁〉を303号室のカーペットの下地材として使えば軽量床衝撃音は遮音値35程度となる旨を意見として述べている〈乙2の2枚目〉。 5 重量床衝撃音の変化の有無 床衝撃音には2種類があり、子供が飛び跳ねる場合などに生じるのが重量床衝撃音で、家具を引きずる場合等に生じる軽くて硬いのが軽量床衝撃音である。重量床衝撃音は床下のコンクリートスラブにそのまま伝わるので、その階下伝わり方は、主にコンクリートスラブ自体の剛性及び厚さに影響されるのであり、床の材料がPタイルか畳かフローリングかということには、ほとんど影響を受けない。〈争いがない。〉 4の測定は専ら軽量床衝撃音についてされたものであり、重量床衝撃音については、測定されていない。そのことに関連して、Bは、重量床衝撃音について「床スラブの厚さは130ミリメートルであり、建築当時のスラブ厚は110から120ミリメートルのものが通例であるから、本件で使われていたものはハイクラスであるが、重量床衝撃音に関しては十分でない。」として、本件改装工事によって重量床衝撃音が増加したということでなく、もともとのコンクリートスラブの厚さが重量床衝撃音に対して十分でないという意見を述べており、前段の記載と同趣旨の考え方を前提としている。 6 騒音についての知覚 ところで、原告X1は、本件改装工事前とは異なり本件改装工事後に202号室において耐えられない騒音被害が生じている旨を供述する。 しかし、4・5及び後記四2からすると、本件改装工事以後における202号室への303号室の音の影響は、衝撃音の性質からしても知覚面からしても、ほとんどないというべきであり、上原告X1の供述は基本的に客観的な合理性を欠くといわざるを得ない(前記3のとおり、202号室に入らせなかったことは、原告らが主張するような音の被害が実際にはなかったためではないかと考える。ただ、303号室は従前は和室で間仕切りがあったところが本件改装工事後には間仕切りがなくなったりしているので、上記のような重量床衝撃音の性質を踏まえても、本件改装工事前に比べると重量床衝撃音が大きくなった可能性は少しはあるのかもしれないと考える。)。 7 本件改装工事による202号室への音の影響(まとめ) 本件改装工事に伴い和室からフローリング床の洋室に変わったことにより、軽量床衝撃音は、一時的に増加したとは考えられる。しかし、それについては被告Y1が原告らから抗議を受けて1のとおりカーペットを敷き、直ちに極めて良好な状態が回復されたということができる。 重量床衝撃音は、コンクリートスラブの剛性と厚さに影響されるところ、本件改装工事の際にそれらは変更が加えられていないから、基本的には本件改装工事によっても変化はないが若干悪化した可能性があるということができる。 四 本件防音工事前後の状況 1 本件防音工事の中止とその後の実施 被告Y1は、三3の騒音測定の結果を踏まえて、三4後段のとおり防音工事をしようとしたところ、本訴原告代理人の野村英治弁護土から調停を提起するので、防音工事をしないようにとの申し出があったので、これに応じて、防音工事の実施を再度中止した。〈被告Y1調書20・21頁〉 調停にはいると、鑑定をしようということになったが、先になされた騒音測定の際にも測定結果に従った措置を講じることに反対されたので、被告Y1は、上の鑑定実施の件については、「原告らが鑑定の結果に従うというなら、鑑定に応じても良い。」という態度を取った。これに対し、原告らは、承諾せず、半年後には、本件改装工事以前の原状に戻すベきだと述べるので、被告Y1は、鑑定の件は実現しないとみて、平成7年9月にそれまで棚上げにしていた本件防音工事(前記三4の内容のもの)を実施した。なお、その実施方については、被告Y1は、最後の調停期日に原告らに事前告知している。〈乙12の6・7〉 2 事実上の検証の結果 平成8年3月7日に、本訴訟の関係者で303号室及び202号室にいわゆる事実上の検証に赴き、303号室で飛び跳ねたり、電話帳を落とした際の音が202号室にもたらす影響を調べたところ、202号室において、重量床衝撃音状の音が少し聞こえるが、耐えられないほどのものではなく、また軽量床衝撃音のような他の音は聞こえなかった。ちなみに303号室で普通に歩くなどのそれ以外の動作をしても、202号室には音は聞こえなかった〈被告Y1調書24から28頁〉。 五 原告らに対する被告Y2及び被告Y1による不法行為の有無 1 軽量床衝撃音について まず軽量床衝撃音についていえば、本件改装工事後直ちにカーペットが敷かれ、遮音されたため、303号室を通常の方法により使用する限り202号室に騒音被害をもたらされるようなことがあったとは認められない。 ちなみに、本件防音工事後には、なおのこと(カーペットが敷かれなくても)303号室の通常の使用方法による限り、202号室には軽量床衝撃音はもたらされないというべきである(前記四2)。 そして、被告Y1らが202号室に騒音が届くような特別に乱暴・異常な方法(飛び跳ねたり、重いものを床に落とすようなこと)で303号室を使用したとの事実は認められない。 2 重量床衝撃音について 本件改装工事により、303号室は間仕切りがなくなり従前の和室の時とは異なる状態となったため、床下のコンクリートスラブへの床上からの音の伝わり方に変化が生じるといったことも考えられる上、カーペットや遮音材の敷設によってもあまり影響を受けないという重量床衝撃音の性質からすると、重量床衝撃音については、本件改装工事後には何らかの変化が生じた可能性はあるというべきかもしれない。 しかし、事実上の検証時において、303号室を普通に歩くような場合には202号室においては重量床衝撃音は全く感得されないのである(前記四2)。そして、本件防音工事のような措置は重量床衝撃音には何らの影響を与えないことからすると、本件防音工事前であっても、事実上の検証時と同様の状態であったと推認するのが相当であり、結局、本件改装工事後は本件防音工事の前後を問わず、303号室において通常の生活をする限り202号室に重量床衝撃音に関する騒音被害が生じたことは認められないのである。そして、被告Y1が、飛び跳ねたりするような方法で303号室を使用したことを認めるに足りる証拠はない。 3 原告らの主張について 以上の1・2の説示に反する原告らの供述や書証の記載は、三・四で根拠とした証拠及び認定事実の合理的な整合性に対比すると、経験則に反し、採用することはできない。とりわけ、本件防音工事後の本件訴訟中でもそれ以前より騒音状況が悪くなったというくだりがある<甲55の第10の3>ところ、上供述記載部分は自然な経験則に基本的に反し、合理性を欠くものといわざるを得ない。なお、後日、原告らは、「軽量床衝撃音は減少することはあるが、重量床衝撃音は本件防音工事前よりも202号室に与える騒音は悪化した旨が正確なところであり、法廷の供述は軽量床衝撃音と重量床衝撃音とを区別せずに誤って述べたものである。」旨を記載した上申書〈甲56の4項〉を提出して、上供述記載部分に内容的な訂正を施そうとしているが、不自然な言い訳というべきであろう。 4 本訴請求の当否 (一) 結局のところ、原告らの主張は、本件改装工事により本件改装工事前の状態に何らかの変化が生じたはずであるから、それを是正せよということ、つまりは本件改装工事で変わったところをすっかり元に戻せということに尽きることになる。 しかし、被告Y2は303号室の所有者として202号室において受忍できるような限度の303号室の改装を行うことは本来できることであるので、1・2のように、202号室にもたらされる音に関し、なんらの変化がないか、わずかな程度の変化をもたらされた可能性があるからといって、受忍限度内である限り、それが当然に202号室の居住者に対する不法行為を構成するものとはいえないのである。 よって、原告らが原状回復を求める本訴請求は許されないものといわなければならない。 (二) また、1・2のとおり202号室に303号室からの騒音による被害が生じたとはいえない状況からすると、原告らの損害賠償請求も理由がないといわなければならない。 (三) なお、原告らは、本件改装工事の際の工事騒音についての不満を引きずっているのかもしれない。しかし、それについては、工事業者から25万円ほどではあるが、補償金を取得している〈原告らの平成9年10月24日付け準備書面2枚目裏〉上、工事騒音を生活騒音ということができないのはいうまでもない。 六 原告らに対する被告Y3による加害行為の有無 1 被告Y3の入居の経緯 被告Y1が平成6年7月頃まで303号室に居住し、その後しばらく303号室は空き家となっていたところ、平成7年4月末頃に被告Y2が被告Y3にこれを賃貸した。被告Y3は、被告Y1の夫の知人で、中華料理屋をやっている者であり、空き家となっていること、202号室から抗議めいたことがなされていることを知った上で、自宅に帰るのが難しいときなどに仮眠をとるなどとして利用する目的で通常賃貸料の4割引で賃借した。 被告Y3が303号室に入った最初の日の早朝から、原告らは、うるさいとして、303号室の方に電話で抗議した。その日の夕方、被告Y3は、原告ら方を訪れ、話し合おうとしたが、原告らはドアを閉めたまま、これに応じなかった。〈被告Y1調書29・30・47・乙12の6B〉 2 被告Y3の入居時における加害行為の有無 原告らは、1後段の際に被告Y3が202号室のドアを足蹴にした旨を主張するが、手でノックしただけであり、足蹴にした旨の事実は認められない〈甲53、検証の目的物3についての検証の結果〉。 なお、後記七のとおり、原告らは、既に平成元年から202号室の天井を叩いたり、303号室玄関先に赴いて被告Y1と幼児の2人しかいない相手に対し、大声で威圧するように、抗議をしているにもかかわらず、自分の方は、上のとおり被告Y3からの1回だけの訪問にも応じようともしないのはいささか均衡を欠く態度といわなければならない。本当に受忍限度を超えるような被害の実態があるのなら、むしろ好機であるのだから、こういう機会にこそ、堂々と被害の実態を被告Y3に伝えるなどして、交渉をするきつかけにしてもよいのにとも思われるのに、そうしていない原告らの態度は、理解に苦しむものがあるといわざるを得ない。 3 その後における被告Y3による加害行為の有無 その後も、原告らは、被告Y3の立てる生活騒音がうるさいとして19回もパトカーを呼んだようである〈甲55の第11の5〉が、前記五のような客観的な303号室の床の遮音値からすると、上のことは、被告Y3が原告らに受忍限度を超えるような騒音をもたらしていたことの事情ということにはならず、むしろ、警察も無視できない程に原告らの訴えが過剰であることを示す事情であると思われる。 なお、被告Y3は、被告Y1が原告らともめている状態を知って303号室に入居し、入居当初に1のようなきちんと話しもできない応対にあっているので、原告らに対し、不快な気持ちを有していたと推認されるところである。したがって、被告Y3は、いくらか大きい音を立てて、どの位原告らに音が届くかを知り、交渉のきつかけにでもしたいという気持ちがあったかもしれないが、それを現実に実施し原告らがそれにより受忍限度を超えるような被害を受けた旨の事実を認めるに足りる的確な証拠はない。 4 請求の当否 以上によれば、被告Y3の使用方法が、原告らに不法行為となるような騒音をもたらしたものとはいえず、原告らの被告Y3に対する請求は理由がない。 七 原告らによる被告Y1に対する加害行為の有無(反訴請求についての判断) 1 本件改装工事後から平成4年末頃までの状況 昭和63年12月に本件改装工事がされ、その後、原告から、文書、電話、天井を叩くといった方法による抗議がされた(前記三1)。次いで、被告Y1の夫が平成元年9月25日に死亡したが、それ以後、原告らは、昼夜の別なく、202号室の天井、壁、柱などを短くて10分、長くて1時間程度、叩くようなことをし始め、音は複数の箇所から同時に発生することもあった。このようなことは、平成4年終わり頃までの3年間続いた。被告Y1は、睡眠薬を服用して生活していたが、202号室の天井を叩く音は、303号室以外の周辺の居宅の住民にも迷惑を与えていた。そのため、漸く、本件マンションの管理業務を委託されている会社が、平成4年11月20日付けで「壁を叩くような異音(騒音)が夜間や深夜にも発生し、相当数の居住者より苦情を伺っている。現在音源の調査を行っている。何か情報を持っている居住者は一報して欲しい。」旨のチラシ〈乙11〉を配布したところ、ようやく天井を叩く音は収まった。〈乙12の4B〉 2 平成5年1月から5月末頃までの状況 平成5年に入ってからは、まず、1月10日の午後9時40分頃、原告X1と原告X3(平成元年頃受験生であった。−甲55の第3の3末尾)は、303号室の玄関先にやって来て、執拗に呼び鈴を鳴らし、「開けろ出てこい。床のフローリングの音がうるさいんだよ。」と大声でわめき、ドアを叩き続けた。実家の宮崎から帰宅したところであった被告Y1は、5歳の子と2人であったため、怖くなって警察に電話をして、警察が来てやっとおさまった。同月26日には、被告Y1が入浴中に原告X1と原告X3とが303号室の玄関先にやって来て、同様にドアを叩き、大声を出した。この時も、被告Y1が警察に電話をして、警察官が来て、漸く収まった。 また、原告X3が、同月28日、本件マンションの駐車場で出会った被告Y1に対し、車のエンジンを空ぶかししながら、「おまえの家の床のフローリングがうるさい」と叫び、その日の午後9時50分ころ原告X1と共に303号室の玄関先に来て、「開けろ、出てこい」等と大きな声を出した。〈乙12の4C〉 3 平成5年5月以降から平成6年7月まで 平成5年5月以降は、双方に代理人弁護士がついていたにもかかわらず、原告X3は、被告Y1のところに直接電話をして、威圧するような口調で「静かにするように」等と述べて一方的に電話をきるようなことを執拗に繰り返した。〈乙12の4D、乙13〉 4 特別の被害 以上ような結果、被告Y1の子Y4は、夢遊病者のような状態を示すこととなり、平成9年現在(9歳)でも精神科医のカウンセリングを受けている。〈乙12の4D〉 5 請求の当否 前記五のように303号室から202号室にもたらされる生活騒音の客観的な状態は、受忍限度を超えるようなものでは到底なく、かつ原告X1及び原告X3は、その音の問題についての交渉に真摯な対応をしないでおきながら、母と幼児だけの相手方に対して、当初の3年間は主に自乙の部屋の天井を叩くなどの方法により、その後の1年は主に電話や直接玄関に赴いて大声を出すような方法で、威圧的に執拗に時には恐怖感を与えるような態度をとり続けたのは、社会通念から見て、暴力行為に匹敵するような違法行為というべきである。これによる被告Y1の精神的損害は、加害行為の期間的な長さ、継続性、態様の恐怖性、幼児期の子に神経障害がもたらされていることなどを総合して、200万円と認められる。 八 結論 よって、原告の本訴請求は、いずれも理由がなく、被告Y1の反訴請求は理由がある(近隣の争いであることなどに照らし、仮執行の宣言は、なお必要ではないと考える。)。そこで、訴訟費用の負担につき民訴法61条・65条1項を適用して、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第41部 裁判官 岡 光 民 雄 別紙 物件目録 一 イ.所 在 ○○区○○○1丁目21番地1 ロ.建物の番号 マンションA ハ.構 造 鉄骨鉄筋コンクリート造 陸屋根 地下1階付10階建 ニ.床面積 1階 217.80平方米 2階 751.06平方米 3階 780.03平方米 4階 789.55平方米 5階 700.32平方米 6階 672.25平方米 7階 665.97平方米 8階 611.53平方米 9階 571.06平方米 10階 480.83平方米 地下1階 81.87平方米 ホ.家屋番号 ○○○1丁目21番1−4 ヘ.建物の番号 353 ト.種 類 鉄骨鉄筋コンクリート造 1階建 チ.床面積 3階部分 67.16平方米 二 一イ.乃至ニ.まで同じ ホ.家屋番号 ○○○1丁目21番1−1 ヘ.建物の番号 253 ト.種 類 鉄骨鉄筋コンクリート造 1階建 チ.床面積 2階部分 67.83平方米 |
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